ペタブログ 路上ナンパで人生逆転

僕が路上でナンパした成果や苦労、ナンパに関わる話題など書いていきます。

カテゴリ: 考察・雑記

現政策により外国人が急増し、治安悪化が起き、ナンパにも影響するだろうと俺は考えている。

彼らは日本人とは思考が違う。

大陸の人間は自己主張が強く、トラブルや喧嘩を恐れない。

目立つとか絡まれたらどうしようとかびびってるようなのが大半な草食系の日本人ナンパ師なんて、あっという間に駆逐されてしまうだろうよ。

2000年代、渋谷や池袋ではチーマーが張っててナンパは彼らが独占、普通のナンパ師はボコられたりスタンガンで追い回されたり、色々と酷い目に遭わされたって話を歴の長い先輩の方々から聞いたことがある。

今は安全になって本当にありがたい。

だが、このままブラジルやベトナムなんかの質の悪い外人がどんどん流入してきて、徒党を組み出したらまたそういう感じになるだろう。

日本人の半グレは向こうじゃ一般人だよ笑

お上品で争い事が苦手な日本人は女も男も食い物にされる。

「2025年までに50万人超の受け入れ目指す」とか、トチ狂ったのか安倍さん(T_T)

俺はパンドラの箱だと思う。ドイツのようになる。

まあ結局のところ、日本の政治は企業や権力組織の都合で動くものなのでどうしようもないのだが。

利益は金持ちへ。弊害は庶民へ。

安倍がどうとか自民だとか民進だとか関係無いんだよ。

そんな表向きのプロレスはどうでもいい。政治の本質はそこじゃない。

俺はこの先の未来を見越して、信頼出来る仲間をより多く作り、結束を深めることが重要だと思ってる。

講習を通じて色んな人と仲良くなりたい。

得るもの得たらもう用済みって態度の人間ばかりでは、そりゃーおっさんも誰とも合流しなくなるわな。

お金をもらって技術を与える。

これならギブアンドテイクで対等であり、関係性が明確になるので問題は起きない。

それだけの関係でいい人はそれでいいし、その後もお互い良ければ仲間としてやっていけたらいいなって思ってます。
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ご存知だと思うが、最近政府が外国人労働者の急速な受け入れ拡大を始めた。

ナンパしてると外国人ナンパ師もちょくちょく目につく。

白人がナンパすれば日本人女はピカチュウって言ってれば即れるって言ってた某白人ナンパ師がいたが、これは事実。

もっと言えば白人じゃなくても外国人ってだけでナンパは有利。

ブラジル人がジャンケンキスゲームだとかで日本人ナンパしてディープキスしまくってる動画がYouTubeで上がってたね。

某ケバブ屋のトルコ人は客のjkナンパして何十人とヤりまくってると言っていた。

即った子から、外人からナンパされて即られたことあるって話もよく聞く。

言語の壁は関係ない。日本語なんて喋れなくてもいい。俺も言葉通じない外人何人も即ってるからよく分かる。

即のやり方を知ってるかどうかだ。

外人好きなブスばっか即ってるだけだなんて意見も見かけるけど、そんなことはない。彼らは我々よりも全然簡単にスト高即れるよ。

確かに技術の全くない外国人ナンパ師はブスしか即れないだろうが、ちゃんと技術を持ってる外国人もいるわけで、彼らがナンパすれば外国人って武器を活かして鬼に金棒。

では外国人の強みとは何か。

確かにルックスもあるが、それだけではない。

まず外国人ならチャラくても、それが外国のノリということで許容される日本人の寛容的な性質。

だから日本人ナンパ師がやったら嫌悪感持たれるレベルの強引さも、外国人がやれば悪く思われにくい。

そして普通のナンパとは違う第一印象。

外国人ってだけでミステリアスで興味を持たれる。話してみたいって思われる。

日本人ナンパ師なら最初の声かけで興味を持たせるために色々工夫することもあるが、外人は何もしなくてもそれができるわけだ。

つまり和みやすいので、あとは即の技術があればどうとでもなる。

顔が濃い人は日本語ペラペラの外国人って設定で声かけするのもありだと思う。

つづく

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今まで俺自身がナンパ講習を受けたことは一度もない。ただ、おっさんと一緒に楽しんでナンパしてきただけである。

俺はそれだけで、27歳まで恋愛未経験の状態から、現在まで女の子の扱い方を習得するに至った。

合流する度、毎回いとも簡単に女の子と満喫やホテルに消えていくおっさんの姿を見て、俺はこの人にさえついていけば講習を受ける必要は無いと悟った。

それでもすぐ即れるようになったわけではなく、むしろ初期のおっさんグルチャメンバーの中では遅い方だったかもしれない。

だけどおっさんや仲間達と一緒にやってるのが楽しすぎて、不安や焦りなんて感じる暇も無かった。

ナンパで結果が出る人と出ない人の一番大きな差というのは、本質に気づけるかどうかだと思う。

これはナンパに限らず全てに言えることだけど、無闇に有象無象の情報を詰め込むより、何が本質かを見抜く努力が大切。

その本質を教えている講習があるのだろうかと考えた時、自分がそれをやろうと思った。

気づけない人は、いくつも講習を渡り歩いたり、たくさんの情報商材を買い漁りながらも結果が出ない負のスパイラルに陥ってしまう。

そういう経緯で来られた受講生に、俺の講習で考え方が一変し、即れるようになったと言われる時が一番嬉しい。
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もともと格闘技観戦好きなんだけど、キッドはちょうど世代だった。身長低いのに日本人離れしたフィジカルで次々KOしていって、俺も憧れたね。

全盛期の頃はヤンチャで怖いイメージだったけど、最近はメディアで話す内容もまともというか、ちゃんとした考えを持っていて、何より周囲の人間に対する思いやりや男気がすごい伝わってきて人格的にも尊敬できると思った。

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ちなみにキッドの弟子である堀口恭司に今一番注目してて、もうすぐrizinで行われる那須川天心との試合が楽しみ。

堀口の試合、強さは全盛期のキッドを見てるよう。堀口は特に技巧的な戦い方をするのが面白い。

ネットではキックルールだから天心が勝つって意見が多い。

個人的には堀口は寝技が超一流だが、打撃のテクニックも相当すごいので、正直キックルールでも堀口が天心に負ける姿が想像できないんだよね。

何にしてもこの好カードは見逃せない!キッド対魔裟斗を思い出すな~。
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ルソーのエミールは教育論の本なんだけど、後半部で何故か女性の性質について語っていて、ナンパの即にも通じる内容だったので面白かった。 

一部抜粋。

>性の交わりにおいてはどちらの性も同じように共同の目的に協力しているのだが、同じ流儀によってではない。その違った流儀から両性の道徳的な関係における最初のはっきりした相違が生じてくる。一方は能動的で強く、他方は受動的で弱くなければならない。必然的に、一方は欲し、力を持たなければならない。他方はそんな頑強に抵抗しなければそれでいい。

>この原則が確認されたとすれば、女性は特に男性の気に入るようにするために生まれついている、ということになる。 男性もまた女性の気に入るようにしなければならないとしても、これはそれほど直接に必要なことではない。男性の値打ちはその力にある。男性は強いというだけで十分に気に入られる。これは恋愛の法則ではない、ということは私も認める。  しかしこれは自然の法則であって、恋愛そのものにさえ先行することだ。

>女性は気に入られるように、また、征服されるように生まれついているとするなら、男性に挑むことはしないで、男性に快く思われるようにならなければならない。女性の力はその魅力にある。その魅力によってこそ女性は男性に働きかけて、その力を呼び起こさせ、それを用いることになる。男性の力を呼び起こす最も確実な技法は、抵抗することによって力の必要性を感じさせることだ。 

>そうなると欲望に自尊心が結びついて、一方は他方が獲得させてくれる勝利を勝ち取ることになる。そういうことから攻撃と防御、男性の大胆さと女性の臆病、そして強い者を征服するように自然が弱い者に与えてる武器、慎みと恥じらいが生じてくる。

>そういうわけで、女性は男性と同じ欲望を感じていてもいなくても、また、男性の欲望を満足させてやりたいと思っていてもいなくても、必ず男性をつきのけ、拒絶するのだが、いつも同じ程度の力でそうするのではなく、したがって、いつも同じ結果に終わるわけではない。攻める方が勝利を得るためには、攻められる方がそれを許すか命令するかしなければならない。攻撃する者が力を用いずにはいられなくするために、攻撃する者はどれほど多くの巧みな方法を用いることだろう。

>あらゆる行為の中でこの上なく自由な、そしてこの上なく快いその行為は、本当の暴力というものを許さない。 自然と道理はそういうことに反対している。自然は弱い者にも、その気になれば、抵抗するのに十分な力を与えているのだし、道理から言えば本当の暴力は、あらゆる行為の中で最も乱暴な行為であるばかりでなく、その目的に全く反したことなのだ。 

>というのは、そんなことをすれば男性は自分の伴侶である者に向かって戦いを始めることになり、相手は攻撃してくる者の生命を犠牲にしてでも自分の体と自由を守る権利を持つことになるし、また女性だけが自分の置かれている状態の判定者なのであって、あらゆる男が父親の権利を奪い取ることができるとしたら、子どもには父親というものはいなくなるからだ。

>見せかけや挑発のための拒絶は、ほとんど全ての女性に共通のこと、動物の間でさえ見られることで、喜んで身を任せようとしている時にさえ見られることだ。それを否定する人は女性のやり口を観察したことが全然無いに違いない。


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ようするにルソー先生は形式グダのことを解説してる。

グダは女性がこちらのことをどう思っていようが行う本能的なものであり、形式グダがわかんねえやつはモテねえだろ的な笑

良いこと書いてるけど、とても教育論の学者とは思えない(^_^;

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